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伊澄へ捧げる詩 その21

2008年08月24日 02:59


尾崎のFreezMoon風の詩に挑戦・・・と言いたいけれど、「風」とすら言えないかもしれない。

難しいな・・・。

まあでも、メモとしてここに残しておいたりする。
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伊澄へ捧げる詩 その20

2008年08月05日 02:00



    光の詩
 ― ヒカリノウタ ―



この先 どうなるかは分からない

私は淡い茶色のコートを着て “君”と

迷いながら路地裏で 狭い空を見上げていると

何時の間にか、老人が横で壁にもたれて座っている事に気づく。

その老人は、濃い茶色の、煤けたコートを着ている。

さっきからここにいたのだろうか?

すると老人は、話し掛けてきたのだ。

「ほう・・・。昔のワシに似ておる。まだ捨てたもんじゃないね。ほれ、一つやろう」

老人は、ポケットから青い包み紙の小さな飴を取り出し、私に手渡した。

「あんたらは若いが、ワシはもう老いぼれじゃがな。」

「・・・いえいえ、お爺さん、何言ってるんですか。あなただって自信を持てば変わりますよ・・・」

「・・・そうだろうね。じゃあ、お前さんはもっと、そうじゃないかい?」

「・・・・・・え?」

老人は優しく微笑むと、横に置いてあった酒瓶を私に差し出した。

「まぁ、あんたら、ゆっくりしていきましょうや。ほれ、飲め。」

「う?ん・・・。」

「まぁ、飲め、飲め。」

「分かりました・・・別にいいですけど・・・ほんの少しですよ?」

すると老人は、嬉しそうに微笑み、酒瓶を私に手渡した。

今頃だが、変な爺さんだ。
しかし、もちろん軽蔑なんてことはしない。
どちらかと言うと、こういう、ひょうきんな人は好きな方なのだ。
自分自身も、そうなのだから。

私はそう思いながら、何となく、酒瓶の中を覗いてみた。
中にある液体は・・・水銀ではないか?銀色に光り輝いている。

「・・・・・・・・・? これは一体、何ですか?」

私は、とっさに瓶から口を離した。

「いいや。水銀なんかじゃあないよ。あんたに飲ませてどうするのかい。 ・・・あんたの可愛いお連れさんが悲しむだろう?」

最後の方は、聴き取り辛かった。
だが何となく聴こえた。

「・・・今、何て・・・。」

「まぁ気にするな、飲め。」

私は、まるで何かに吸い込まれる様に、酒瓶に入っている液体を飲んだ。
何故、自分がこう易々と、こんなに怪しいものを飲もうとしたのかさえ分からずに。

「・・・水ですか?味は無いですよ?」

無味無臭であった。

「いいや。水なんかじゃあないよ。あんたに飲ませてどうするのかい。」

「・・・じゃあ、これは何ですか?」

「う?ん、強いて言うと、魔法の水かねぇ?」

私は少し、首を傾げた。
すると、老人はこう言った。

「ああ、それと・・・」

老人はポケットをまた探り出す。

少しうんざりもするのだが、私はここで、さっさと歩き出すような性格ではない。
だから、好奇心を持ちつつ、老人のポケットを見つめる。

老人は、黄色い包み紙の小さな飴と、ピンクの包み紙の小さな飴を取り出した。

「この、黄色い包み紙の飴は、あんたらにはまだ早い。それに、自分で手に入れるもんだ。だから・・・」

「・・・・・・・・・!?」

私は、やっと気がついた。
この老人は、さっきから「あんたら」と言っている。
「若いもん」を意味しているのだろうか?

いや。
この老人は・・・違う。
その理由を決めつけることはできないが、しかし、確かに、違うと思った。

「・・・だから・・・隣にいる、お前のお連れさんには、この、ピンクの飴をあげよう。ほれ。」

私は、背筋が凍るような・・・いや、頭の上から爪先まで、残らず凍るような。
そんな感覚に見舞われた。

「・・・“見える”んですか?」

「仲良く手を繋いでいるだろう?可愛らしい子だ。まるで、ワシの愛娘の様だ。」

「あなたは凄い方だ・・・。 彼女が“見える”だなんて・・・。」

「大切な人だね。あんたの頬の涙を見れば分かる。これからも、大切にしておやり。」

・・・・・・!?
何時の間にか、私は涙を零していた。
私はさっきの水で理性が崩れているのだろうか?
いや、崩れてはいない。正気のはずだ。

私は“君”を見た。
“君”は、ピンクの飴を受け取っている。
私はさっきの水で理性が崩れているのだろうか?
いや、崩れてはいない。正気のはずだ。

「ワシの持ってる、この黄色い包み紙の飴は、これからふたりで見つけるんだよ。それじゃあね。」

すべてを見透かした様に、ふたりは歩き始める。
振り返ると、老人はもういなかった。





「歌」って何だろう?

2008年08月04日 01:27

 最近、「歌」というもの自体について、多く考えるようになっています。

 「魂を籠めて歌う」

 それは、歌う上で一番大事なことです。
どんなに歌の才能があっても、魂が籠っていなければ、ただの耳触りのよい「声」です。
 最近の音楽は、まあ、その「魂」の量が少ないというか、大事な「歌詞」を作詞者に頼り過ぎて、ミュージシャン自身が思い描く「思想世界」が、未熟なものになっているような気がするんですね。
もちろん、現代のアーティスト全員を一概に否定する・・・という訳ではありませんが。

 話を戻しましょう。先程、歌う上で一番大事なことは「魂」と言いました。
しかし、「魂」だけで行くとどうなるか?という事を、先日、俺は実践してみました。
・・・もちろん、「意図的に単なる実験をした」のではなく、「結果的にそうなった」のですがね。
・・・そしてそれは、魂を込めて一生懸命歌った、「俺の歌」を人前で見せる、ということです。
いい反応は返ってきませんでした。ええ、くだらない主張をする人間がたくさんいましたね・・・。 反論だってもちろんしたいですが、しませんでした。いえ、できない、と言うのでしょうか。

 俺は、「魂を籠めて」歌いました。全力です。自分の背負っている、、「大切な親友との別れへの悲しさ」、「冷たい社会の大人たちに対する怒り」、「優しい人達との出逢いへの喜び」、「愛への希望」、「真実を求め続ける意志」・・・あらゆる感情をぶつけて、歌いました。
ありったけの感情をぶつけて歌っている瞬間とは、本当に、「歌」の素晴らしさを痛感し、言葉以前に生まれた歴史を感じました。

 しかし・・・。反応は冷たく、ニヤニヤ嘲笑う人がほとんどでした。
ここでは公開できないような酷い言葉も多々あり、人によっては、こんなこと言われたらもう二度と歌えなくなるだろうと思うほどでした。
そこで、思ったんです。

 「歌で一番大切なのは、魂じゃなかったのか?」

 ―――と。
その疑念が、今までずっと、俺の脳内を巡り巡っていました。

 しかし。気づいたんです。
それは、尾崎豊のライヴ収録アルバム、「約束の日」のVol.2にある、「誕生」を聴いていて、気づいたのでした。
 このアルバムは、本当に、「特別」過ぎて、今の自分では聴くに足りないと思い、余程の事がない限り聴かない・・・いえ、と言うより、凄過ぎて、素晴らし過ぎて、聴けない・・・それほど、とてつもないアルバムなのです。
しかし、俺は最近、互いに涙を流し合いながら友情を認め合った、生きる喜びのように大切な、大切な、本当に大切な親友を失くし、この前まで、まるで自分を見失ったかのように、迷い、苦しみ、狂い、もがいていました。
それでも、先日まで、その苦しみから「歌うこと」によって解放され、今までのすべてを受け止められる・・・そう、生きる希望を明確に信じていました。
・・・しかし、その情熱と愛は踏み躙られ、「どん底」以外の何物でもない状態に陥っており、このアルバムを聴くしかないのでした。

 そして、その「誕生」を聴いた時、尾崎の情熱を感じた時、俺の胸には、確かな「新しい鼓動」が、漲ってきました。
その鼓動・・・。
その鼓動は、頭の中に渦巻き心に突き刺さっていた「疑念」を、打ち払うように輝き出したのです。
出てきた「答」は、「魂」を否定はしませんでした。
傷ついた心を、優しく、包んでくれたのです。
それは、甘ったるい「逃れ」だとかいう、一時だけの安らぎではありません。
「進むべき道」を、力強く指し示し、そっと、優しく背中を押してくれたんです。

 『「魂」には、「頑なな強い気持ち」だけでなく、「努力によって創り上げた技術」も入っている。』

 ―――ということ。
努力とは、結果に出るまでは、ずっとそばで努力を見守ってくれている人以外に誰にも理解されません。
水面下では、評価されない。
・・・それが、厳しい現実です。
しかし、だからこそ、「努力を結果に出す」すなわち、「歌に劇的な成果を出す」ということが、「魂」でもあるのだ、と。
そう。「魂」や「努力」は「積み上げられた技術」でもあるのです。

 『「理解される」ためには、「気持ち」だけでなく、「魂」というものすべてを十分に漲らせる・・・それだけの努力が必要だ。』

 ・・・そういうことが、伝わってきたんです。
今までは「歌」を「気持ち」だけに絞り、感情を出すことのみを求めていました。
しかしそれだけではなく、「上手く歌えるように努力すること」を本格的に目指し、これからは、そんな「次」を求め、ピッチ安定や声域拡大に毎日欠かさず、努力を重ねること。
そう。それも魂だ、と。

 ただ、自分は間違ってはいない。
「気持ちを籠めて歌う事」を信じ、日々、それができるようになるために全力で歌い、そして「その事」を、「実感できるライン」までたどり着けたのだから。
だからこれは、「一からやり直す」ではなく、今までの「気持ち」を踏まえ、「次へ進む」ということ。

大切なのは、「上手くなりたい」という、強い意志、努力、願い。
強く自分を信じ、立ち向かうこと。

だから・・・。
「大人になる」と言い訳をしながら夢を捨てることは、間違っている。
いつまでも、夢を捨ててはいけない。

そう、信じる事。

立ち向かう事。

人知れず、陰で涙を流す事。

辛さ、苦しさを噛み締め、心から味わう事。

それでも、諦めない事。


それが、生きる事。


・・・そう、尾崎が必死で言ってんだから・・・しょうがないでしょう!?

俺は負けません。
大好きな歌がある限り。



 「どんな困難にも、負けないで・・・いつまでも夢を捨てないで・・・君達へ、僕からの、精一杯の、愛情を、籠めて。いつまでも・・・歌い続ける事を約束します。」
                               ―――――尾崎豊・約束の日Vol.2より


伊澄へ捧げる詩 その19

2008年08月03日 01:13

今週の記事まとめは、事情で今週はするかどうかわかりません。

なので、代わりに詩を。



   悲しみの影



何かを覆い隠すように 詩を書いている

そう、何かを・・・。


負けじと踏ん張れども それは道理に合っているのか

そう、何かを・・・。


闇はすべてを覆い隠すように

そして

包み込むように

ただ 癒してくれる


今だけは


夜明けは分かっていようとも

心の痛みを覆い隠さずにはいられないんだ


ああどうか 今だけは


今だけは 優しく包んでおくれ

伊澄へ捧げる詩 その18

2008年08月02日 14:48




   揺れてゆく日々



最近よく分からない

何が何なのか

何がどうなのか


何が分からないのかさえ・・・


揺らめく日常は霞みゆく

見ているものは何なのか

何処にいるんだろうか


ぶれて

揺れて

霞んで

滲んで


自分の位置さえ知れず

ただ歩く放浪の旅


砂漠に独り

ただ歩く放浪の旅


続いてほしくはない

ただ悩みの中

迷い続けている


力をください

ただ悩みの中

迷い続けてる


これが、俺の歌だ。2 尾崎豊 「太陽の破片」 (カラオケ収録)

2008年08月02日 05:23

歌公開、2回目になります。
今回は、「太陽の破片」。
かなり力強い歌です。

今回は、前回と比べ時間が無かった代わりに、喉を落ち着かせて歌う事ができました。
キーは、前回よりも格段に安定しています。

しかし、最近喉が、喉を刺激する食べ物は食べられないくらいの状態になっているので、高音部分の安定はよくないです。ご配慮ください。
まあ、「カレーとかが痛くて食べられない」・・・というくらいだけなので、そんなに一大事ではありませんが、とりあえず安定はしませんでした。
撮り溜めしようと思っていたのに、なんだかんだでOKテイクがギリギリでこれ一曲しかできなかったので、焦りとかがあったせいかもしれませんが。

今回は、動画を数時間編集して、完全なOPV(オリジナル・プロモーション・ビデオ)を創りました。
かなり労力は掛かりましたが、なんとか、できました。

ちなみに、今回の2回目の歌公開を見てから、その後で1回目を見た方がいいかもしれませんね。
やはり少なからず、こちらの方が声が安定してますから。


動画の編集も徹夜になったし、
今回も、魂を込めて全力で歌いました。


http://www.nicovideo.jp/watch/sm4154924

YouTube




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