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バスロマンの思ひで

2012年10月16日 22:31

2012-10-15 16.32.17_2

「バカタレッ!!」

母の怒号が、風呂場に響く。
小さな空間の中で幾度となくこだましたその声は、今もまだ鮮明に、心の中で温かく響き続けている。





久しぶりにバスロマンを買ってきた。
肩こりが酷いのかというと、そうではない。疲れを取ることが目的なら、同じ系列商品の「きき湯」の方が効く。
さすれば何のためか。それは、最近風呂場の蛇口から出る水が非常に「臭い」からである。
どうも貯水タンクの清掃があった日辺りから臭くなった気がしないでもないが、はっきりとした原因はわからない。
勿論一度、いや二度に渡り風呂桶は洗った。お気に入りの、ラムネ菓子の香りがするルックである。
しかしひと度湯船に湯を入れると、嫌な臭いはたちまち現れる。
水面に鼻を近づけて、臭いを嗅いでみた。臭い。
棘のある刺激臭ではないのだが、ゆっくりと鼻がよじれていくような、粉っぽくて苦そうで、質の悪い澱んだ臭いがする。
いやはや臭いを文章で伝えるというのは感覚的な比喩ばかりになり骨が折れるが、肝心なのはそこではない。兎にも角にもこの臭さである。
確かに上京した当初も「水が臭い」という感覚はあった。が、それは「何となく」感じる程度の範囲であり、今回は桁が違う。
その上風呂上がりの自分の身体から件の「苦そうな臭い」がキョーレツにするのは堪らない。
特に朝風呂の時など、非常に困る。一日の始まりから気分の抜けない、澱んだ気持ちになってしまう。

そこで解決方法を閃いて行き着いた場所が、近くのドラッグストアの商品棚の前という訳だ。
バスロマンを選んだ理由は、ズバリ安売り。身も蓋もない理由である。
早速、湯船に振り掛けてみる。綺麗なオレンジ色が水面に広がり、一帯が独特の臭いに包まれた。
静まりかえった空間の中で一人、アア、懐かしいな、と思いを馳せてみる。
自分がまだ小学生の頃、このバスロマンのどでかい箱を毎日湯船に振り掛けていた。
舞い降りた粉が湯船に溶け、鮮やかなオレンジ色が蠢く生き物のように一面に広がってゆく様。目を輝かせながら見つめていたものだ。
忍者の真似をしてサッとばら撒いたこともあれば、時には洗面器に盛り、ゆっくりと湯船に沈み込ませたこともあった。
子供の頃は、風呂場も遊び場だったのだ。
シャワーを担いで消防士の真似事でもすれば、たちまち天井まで水浸しになった。(今思えば大変資源の無駄である)
いつまでも遊んでいると決まってあきれ顔の母がやって来て、そこで遊びは終了となる。次の人が入れないから早くしろ、と怒られるのだ。


そんなある日、ふと思いついて私は「土左衛門ごっこ」(水死体のモノマネ)をしていた。
音もない空間の中、ゆらゆらと揺れているのは予想外に楽しかった。加えて頭の頂辺までバスロマンの香りに包まれるのは、なんだか心地良い。
そこでふと思いついた。母を脅かしてやろう。もうすぐ母がやって来る頃合いだ。傍に駆け寄ってきた時、バァと顔を上げて驚かすのだ。
私は水面ギリギリまで姿勢を低くして、湯船に伏し待っていた。
果たしていつものように、母は浴衣所にやって来る。
「何しよんな、はよあがりぃよ。」
磨りガラスのドアの前で声がする。母だ。まだ気づいていない。水面に顔を浸けて息を忍んだ。
「のぼせとんな?」
母はいつもと違う静まり返った空気を怪訝そうに伺うばかりで、思いの外、なかなか入ってこない。
私は含み笑いにブクブクと水泡を吹かし、早く入ってこい、そう思った。
「〇〇?」
自分の名前を呼ぶ声とガチャリ、とドアを開ける音がする。喧躁はすぐに訪れた。
「〇〇!!」
勢いよく風呂場に駆けてくる母。ここまでは予想通りだ。
「バァ。」
思い通りの展開に、満面の笑みで湯船から顔を上げた。ふんわりとした心地良い香りがする。その直後のことだった。
いつものようにあきれ顔で叱り飛ばす筈の母は、今にも溢れそうな涙をその目にたたえている。
アレ、と思ったのも束の間、涙声の怒号が耳を突き刺した。

あの日、あの時の真剣な眼差しの奥には、何があったか。
それが私の人生で一番最初に、子供ながらにして間近に垣間見た一人の“母親”の姿だった。
その後のことはよく憶えていない。予想外の出来事に、ただ、ただ、驚いたことだけが記憶に残っている――――――――――――。



「バカタレッ!!」

母の怒号が、風呂場に響く。
小さな空間の中で幾度となくこだましたその声は、今もまだ鮮明に、心の中で温かく響き続けている。


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